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あなたが想像するよりも、世界はずっと広くて自由だ。

 

『世界』を広げるのにインターネットは役立つけれど、

 

『世界』を狭めるのもまた、インターネットの功罪である。

 

 

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・・・そんなことをつくづく感じた、この1週間。

オンラインな世界とはしばし距離を置き、リア充生活に勤しんでおりました( ´ ▽ ` )ノ

 

★ 1週間前から生活の拠点を京都にうつし、とある宿泊施設の立ち上げをお手伝いしています。

 

 

50名ほど、老若男女混ぜこぜの出会いがあって。

じっくりゆっくりお話を伺える時間もあって。

 

オンラインでは滅多に触れることのできない、貴重な見聞を広めています。

 

 

 

オフラインで触れる情報の醍醐味

 

オンラインとは一味違い、オフラインで出会って交わす情報には独特な濃密さがありました。

 

 

1、「生」の状態で得られること

 

面と向かって交わす会話には、その瞬間ならではの「旬」があります。

釣られて間もない、まだぴちぴちしている魚のような。

 

対してメディアを媒介した情報は、少なからず誰かの手が加わっている。

さばきたてのお刺身かもしれないし、煮魚だったり、干物だったりすることもあります。

 

生と加工済み、どちらにも良し悪しありますが、どちらも楽しめたほうが人生の幅が広がることは間違いありません。

 

 

2、「ここだけの話」が聞けること

 

「ここだけの話」って、オンラインでは見つかりようもない情報のこと。

なぜそんな情報が存在するかといえば、インターネットに縁がない人も世の中には存在しているから。

 

これ、中学生の頃からインターネットが「当たり前」に生活にあった私にとっては、とても意外な事実でした((((;゚Д゚)))))))

インターネットの存在と利便性を知りながら、それでもあえて生活には取り入れない人たちがいるなんて!

 

そういう人たちが持っている情報って、なかなかに「濃い」です。「生」だし。

ネットやSNSに労力を割くほど暇を持て余してる場合じゃないくらい、日々が充実している人たち。私の人生の先輩にも多数存在していました、そういえば!

 

だいたいの世界のことはgoogle先生に聞けば教えてもらえると思っていましたが…そんなの全然、地球人として甘ちゃんな考えでした。

 

 

3、思いもよらない発見があること

 

インターネット上で情報を拾っていくのって、どうしても「自分」のフィルターがかかります。

google先生に尋ねるのにも、まずは「自分」の頭に浮かぶ言葉を問いかけなきゃいけないし。ニュースを読むのだって、「自分」が気になったやつをぽんぽん選んでいくのみ。

 

意外性がないんですよね、「自分」フィルターを通して進めるかぎり。

 

その点オフラインな出会いには、「意外性」がたくさん秘められています。

 

自分が尋ねずとも相手が勝手に話し始めて、それが案外ストライクゾーンに入ってくる。

「あっ、そこでそう振る舞うんだ!?」相手の態度に驚いて、自分が持っている『ふつう』の輪郭が見えてくる。

 

「意外性」って新しさでもあり、脳細胞を健康的に維持するうえで欠かせない要素です。

 

 

 

世界を知って広げたいなら、生身の肉体を駆使するのみ。

 

目と指先を動かしたくらいで知った気になってたら、いつまでも『井の中の蛙』から抜け出すことなんてできません。

……めいっぱいの自戒を込めて。

 

 

オンラインとオフライン、ちょうど良いバランスで生き分けたいものです。

 

 

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)

 

 

海月なおこ