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『常識』は、半径1メートル以内の人々がもつ思想の総和にすぎない。

 

暮らし場所を変えれば変えるほど、身に沁みていること。

 

「世の中の常識」といえど、軸のところにいるのは自分なのだという話です。

 

 

 

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▼1つ前の記事でもちらりと触れましたが、

www.um-nao.com

 

 

 

私が最近覆された『常識』は、

インターネットの存在と便利さを知っている人は、みんなインターネットを使いこなしている。

 

→なんでこれを信じていたかというと、

私の身近にいた人は、ほとんど全員がそうだったから。

 

→なんでこれが覆されたかというと、

新たに出会った人は、必ずしもそうでなかったから。

 

 

 

『常識』を形取るのは、「どんな人が身近にいるか?」

 

『ふつうそうだよね』とか、『世の中ってそんなところ』という認識に、「半径1メートル以内の人々が言うこと」が色濃く反映されているのは間違いありません。 

半径1メートルってなんだか狭すぎる気もしますが、一見狭いようでいて、実はだだっ広くて深い距離感。

 

 

★ この先は《ここ最近、半径1メートル以内に接近した人》を具体的に思い浮かべてもらえると分かりやすいかと思います。家族や友人、恋人などなど。

  

  • 半径1メートル以内に接近した人の思想
  • 半径1メートル以内に接近した人の、半径1メートル以内に接近した人の思想
  • 半径1メートル以内に接近した人の半径1メートル以内に接近した人の、半径1メートル以内に接近した人の思想
  • 、、、以下省略

 

  • 半径1メートル以内で目にする情報(PC、スマホ、本、などなど)

 

  • 半径1メートル以内に接近した人の、半径1メートル以内で目にする情報

 

 

「半径1メートルくらいなら」ってつい心をゆるめがちですが、実は膨大な情報がじゃぶじゃぶ入ってきているのです。それらがなんとなくの形にまとまったところが、あなたの思う『常識』。

 

 

 

『常識』に囚われないスタイル、も実はとっくに誰かの『常識』

 

新しい出会いがあるたびにことごとく痛感すること。

自分の『常識』観から「これまでの『常識』とは違った、新しいことをやろう!」といざ動いてみると、そうやって意気込んだり準備したりするまでもなく、とっくにその新しさを『常識』として生きている人に出会ったりします。

 

自分では「新しい!」と思っていても、人によっては「もう古い!」形だったりするんですよね。世界の広さと、自分の小ささに愕然とする瞬間。

 

そういう「気づくタイミング」や「行動を起こすタイミング」が微妙に前後しているのが、あらゆる人間が集まる社会。

・・・という『常識』を、あちこち暮らしを変えてきた今の私は持っています。

 

 

どんな『常識』をもつ人に、どんな『新しさ』を流し込みたいか?

 

個人的に、自分と合わない『常識』を覆して新しいことを始めるのはとても好きです。

 

だからといって、常に人類最速の『新しさ』を求めてこなし続けられるか?といえば、それは不可能に近いこと。最速かどうか、測る基準も持ち合わせていませんし。

大企業や研究者さんであれば、厳しい基準のもと切磋琢磨されていることと思われますが、、私はただの一個人。

 

 

ただの一個人として、いかに好きなこと(自分と合わない『常識』を覆して新しいことを始める)を有効活用できるかといえば、

 

タイミングの前後を活用すること。

 

私がこれまで浸っていたような『常識』に浸っている人に、私がそこから離れて見えた景色をお伝えするのが私の暮らしの循環作法。そんな想いを込めて、諸々の記事は綴られています。

 

 

 

「半径1メートル以内の出会い」を変えるススメ

 

自分がこれまで信じてきた『常識』をリセットするのに手っ取り早いのが、実際に足を運んで「半径1メートル以内に接近する人」を変えてしまうこと。

できればたった数時間ではなく、日常的に顔を合わせて話すくらいの濃度でお付き合いすると効果的です。

 

リセット回数が増えるにつれ、行く先々で新たな『常識』に触れていくにつれ、どんどん客観的でフラットな見方が更新されてゆく感覚。

私が「暮らしを旅する」生活を続けているのには、そんな理由も多分に含まれています。

 

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)

 

 

海月なおこ