欲しかったのは「勝ち」でも「負け」でもない世界。

 

高校生活をともにした友人と

先日、久しぶりに会いました☆

 

 

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お互いに高校生だった頃は

同じ空間で一日を過ごして

同じことをひたすら勉強して

同じ制服を着ていたのに、

 

卒業後6年(!?)も過ぎると

すっかり別の世界を生きていた。

 

不思議!

 

 

あの頃は

ずっとずっと横並びで

みんな同じ「前提」のもと生きていて

 

だから、

 

同じにできない自分が苦しかったり

周りと自分とを比べては

めまぐるしく一喜一憂したり

 

出し抜いたり、出し抜かれたり、

 

気づいたら身を置いていた

「勝つか、負けるか」の世界

常に気を張って生きていた。

 

その世界がもはや「普通」で

一生続いていくのだと思ってた。

 

  • 模試はどうだった?
  • 先生に褒められた?
  • 大学どこにした?

 

一見「自由」にみえた大学でも

就職活動が始まったら

またも息苦しい「普通」の世界。

 

  • ESどれくらい出した?
  • 面接どこまで進んだ?
  • いくつ内定もらった?

 

  • どの会社に決まった?
  • 先輩とは仲良くなった?
  • 初任給はどれくらい?

 

 


他人と比べて

「優れている」か

「劣っている」かで

自分の価値が上下する世界。

 

 

流れに乗れなくて

置いてけぼりにされても

「自己責任」と

鼻であしらわれる世界。

 

 

そんな世界にとことん絶望して、

絶望ついでにもういいやって見限って、

 

新しい、もっと生きやすい世界を摸索した。

 

 

 

就職活動のなかで勝負しなかったのは

そこで「勝つ」ことに

もはや何の意味も見出せなかったから。

 

「勝つ」「負ける」の渦にいるうちは

そこで得られる結果なんて

他人の存在であっさり入れ替わるものだと

経験を通して実感済みだった。

 

 

身近な他人の声を一切遮断して

ただただ自分の心と向き合って

 

就職活動を「しない」選択肢がもつ

無限に広がる世界の可能性を信じて

 

住み慣れた「普通」を手放しました。

 

 

 

・・・そんなストーリーをもつ私と、

「普通」の世界を生きるのが上手だった友人。

 

 

友人の方はといえば、

高校の先生に認められて

いい大学へ推薦入学。

 

就職活動をさらりとこなして

いわゆる「一流企業」へ入社。

 

会社でもいい業績を収めたところ。

 

まるで絵に描いたような、

「普通」の世界の優等生。

 

なにやら難しくて複雑なお仕事の話に

「それ、面白いの?」ってつい質問したら

「慣れたら、面白いよー^^」

 

2年ぶりの近況報告は

「特に変わってないよ~

 会社と家の往復してる!」

 

 

→ いっぽう私の2年間は

フィリピン、デンマーク、宮島、

阿蘇、福岡、東京、シェアハウス、

教育、心理学、コーチング、ライター、

留学、仲居、ニート、講演、先生・・・

 

それぞれの近況を報告するのに

1日じゃとても足りないくらい。

 

 

あっ!!

先に言っときますが、これ、

手垢のついた「勝ち負け」の話じゃないです。

 

勝ったからどうだとか

負けたからどうだとか

そんなのとっくに手放した基準。

 

じゃあ何が言いたいかっていうと

どちらの世界が住み心地いいか?

という話なんです。

 

 

「普通」の世界で難なく生きていける人は

どうぞそのまま上手く渡ってください。

 

たぶんきっと、

難なく生きられている限りは

優しくしてもらえるから。

 

だけど。

 

「普通」の世界に息苦しさを覚えたら

そのときはその「普通」が合ってない証。

 

無理に合わせようと命を削るくらいなら

思いきって手放してみればいい。

 

手放したあとの壮大な自由のなかで

本当に合った世界は、必ず見つかります。

 

手放せるくらい、自分を尊重してさえいれば♡

 

 

私は友人の立場にぽんと置かれても

きっと幸せなんて感じられないし

それは友人にとっても同じ。

 

私が私のためだけに引っ越した世界だから

友人にとってはきっと居心地悪いだけ。

 

 

でも、女というのは便利なもので♪

 

いまや全くもって

住む世界が違う人間同士でも

 

「恋愛」「家族」「子ども」

 

人間の、女の根本にある話題をもって

あっさり意気投合しちゃいました:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

 

 

 

「勝ち負け」を気にしていたころの私だったら

明らかに「勝ち」な友人に近づくのがこわくて

会おうとさえ思わなかった。

 

それが気づけば

フラットに楽しくお喋りできるようになっていて、

 

ちょっぴり自分に感動したのでした。

 

 

 

 

 

(2016年1月アメブロ執筆記事を再掲載)

 

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)

 

 

海月なおこ