『やりたいことやって生きるなんて、とんでもない!』

 

やりたいことやって生きていきたいんだ。

 

だけど就職活動で選択を迫られたいま、

自分のやりたいことが分からない。

 

 

「やりたい」に蓋をしてきたから、

「やりたくない」にも蓋してきたから、

 

そのあたりの感覚が鈍ってしまったの。

リハビリが必要なの。

 

 

感覚を取り戻せさえすれば、

 

きっともっと活き活きと生きていける。

私とは明らかに目の輝きが違う人たちがいる。

 

 

まだまだ感覚は取り戻せていないから

具体的な「やりたい」は見えてないんだけれど、

 

ひとまずの「やりたい」は

自分に自分を思い出すゆとりを与えること。

めいっぱいの空白がほしい。

 

それで、ひとまずの「やりたくない」は

このまま何も考えずに就職してしまうこと。

 

 

これまで「やらなきゃいけない」で

がんじがらめだったんだよ。

それをこなすのにいっぱいいいっぱいだったの。

 

で、気づいたら、自分で自分を見失ってた。

 

自分で自分が分からない、

好き嫌いも感情も意見も。

誰かの基準につられてしまうの。

 

 

でもそれって、私が私で生きてる意味、ある?

 

そうまでして「やらなきゃいけない」ことって、ある?

 

 

 

 

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↑大学4年で「就職しない」の決断をしたとき、

こんなことを父に伝えました。電話で。

 

遅れてやってきた反抗期?

 

それまでずーーっと

「親の期待」に応え続けた長女から発された

「親の期待」と真逆のトンデモ発言は

さぞ心臓に悪かったことでしょう。。。

 

当時は自分を伝えるのに精一杯で

受け取る側を配慮する余裕なんてなかった。

と言い訳してみる。(^ω^;)

 

 

それは、優先順位を 親 < 私 にした結論でした。

 

「親の期待」に応えて「いい子」してても

社会でちっとも適応できやしない。

 

かといって家での居心地が向上するでもなく。

 

 

家でも苦しい社会でも苦しい、

じゃあもう生きかたを改めるしかない。

このままいっても強制終了がオチだ。

 

社会に合わせて自分の首を絞めるくらいなら

いっそのこと無視したほうが自分のためだ。

 

それ決められるの、私だけでしょう?

 

 

私は私を生かすために、

その選択肢をとったのでした。

 

 

・・・それに対する父親の第一声、

 

『やりたいことやって生きるなんて、とんでもない!』

 

怒りとも怯えともつかない怒鳴り声。

 

 

私は言うだけのことを言ったから、

「なんで?」と聞き役にまわってみた。

 

 

『なんででもだ!』

 

 

「・・・なんで。」

 

 

『やりたいことを1つ始めてしまったら

 次から次に出てくるだろうが!

 そんなの、キリがないぞ?!』

 

 

「・・・???」

 

 

そんなの万々歳じゃん、

やりたいことが分からないから困ってるのに。

 

次から次に出てくるなんて、

それだけでもう人生流れていくじゃんか。

 

ひとまず1つ、始めればいいのね。

 

 

彼の反対する「根拠」

私の先へ進む「根拠」となり、

追い風のひとつとして原動力になった。

 

 

《やりたいことを始めたらキリがない》

 

事実はただの事実。

それを恐怖ととるか、好機ととるか。

色を付けるのはいつだって人間。

 

 


彼がそれを恐怖(悪いモノ)としてとったのは

『やりたいことをやっちゃダメだ』

これまで幾度となく封じ込めてきたから。

 

何のために?といえば、

『家族のために。』

 

 

家族のために、やりたいことを我慢して

やりたくないことで必死に生計を立ててきた。

 

私がいまこうやって生きてられるのは

彼の我慢があればこそだったんです。

 

だからこれまでの彼の流れを否定なんてできない。

 

むしろ感謝と敬意しかありません。

いまの私には到底できないこと。

 

 

その感謝と敬意をもって、

じゃあ私の代で何ができるかな?と考えると

 

我慢しないで幸せになること。

 

心からやりたいことをやって、

やりたくないことはやらずに社会と繋がる。

 

そのままの自分で楽しく健康に生きていく。

 

 

そんな新しいわが家の選択肢を

身をもって作っていくことかなーって。

 

片方は実証されてるわけだし。

 

 

 

「就職しない」の決断をしたあとに

 

世界一幸せな国の「常識」に触れて

心理学やコーチングの知恵に浸って

自分を活かして生きる人達と関わって

 

やっぱりこちらに来るべくして来たのだなぁと

答え合わせをしながら進んでいます。

 

社会の大きなうねり、それに伴う二極化に

新しい「生きやすさ」と「生きづらさ」。

 

www.um-nao.com

 

 


選んで終わり、じゃないんです。

 

選んだその先で、

いかに生きる術を身につけていくか。

 

私もまだまだ修行の身(`・ω・´)ゞ

 

 

だから、

踏みだすのは早ければ早いほど、いい。

 

 

 

心理学に新しい生活に発信に、、

やりたいことをやり始めたらキリがない!

 

夢見てたことが現実となって、

ふと思い出したやりとり。

 

 

 

 

(2016年7月執筆のアメブロ記事を再掲載)

 

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)