5月5日、人生が変わった運命の日。

 

ちょうど4年前の今日、

私は私を生きると決めました。

 

頭でどうにか向かっていた方向に

心が反応するまま「NO」を伝えた。

 

頭でアクセル踏みながら

心でブレーキかけてたことに、

ようやく決着がついた日。

 

「公務員を目指すのはやめよう。」

 

 

 

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その日もいつもと同じように

大学の図書館で試験勉強。

 

やってもやっても頭に入らない内容に

努力の先が全く見えない不安。

 

受からないのは嫌だけど、

受かるのも嫌だった。

 

 

周りに流されまくって

辿り着いた「公務員」の選択肢。

カタチばかりの試験勉強。

とってつけたような志望動機。

 

だけど、今、いま。

 

出来るうちにやっておかないと、

いずれ取り返しのつかないことになる。

 

受験勉強も大学生活もそうだ。

 

少しでも “ みんな ” から離れると

すぐさま置いていかれてしまう。

呆れられる、嗤われる、独りになる。

 

好きなことは後回しにして、

いまは目の前のやるべきことに集中しろ。

終わったらどんなご褒美でもくれてやるから。

 

「とりあえず高校行ってからね」

「とりあえず大学行ってからね」

 

将来の希望を語ると

決まって親からかけられていた言葉。

 

条件を満たせば更なる条件。

 

 

「とりあえず就職してからね」

 

必死に条件を満たしているうちに

可能性はとっくに過ぎ去ってしまった。

 

 

“ 将来 ” も “ 希望 ” もどこにあるの?

それとも初めから、用意されてなかったの?

 

じゃあ生きてる意味ってなに?

なんのために稼いで、食べるの?

 

自分を出すのが駄目なら、

なんで自分があるんだろう。

 

言葉も感情も要らなくないか?

 

このときは既に、長年の教育の甲斐あって

学習性無力感が身についてたんだけど。

 

 

よく分からない苦しさの中にいて

勉強が進むにつれぐわんぐわん不調になり

深呼吸したときに、ふと。

 

「今日は5月5日、、

 しょこたんの誕生日だ」

 

当時だいすきだった

しょこたんこと中川翔子さん。

 

休憩がてらブログを検索。

 

誕生日記念にライブをやるらしい。

それが福岡でも、映画館に生放送で

同時上映されるらしい。

 

 

「!!!!」

 

 

そこから弾かれたように立ち上がって

気づけば映画館に着席してた。

 

現実逃避というより、

現実と向き合うために動いた。

というのがしっくりくる。

 

謎の使命感に突き動かされてたなー

 

 

映画館のスクリーン越しではあるけど

初めてのライブ公演に居合わせて。

 

彼女がぱあっと登場したとき、

満面の笑みで歌いはじめたとき、

観客がわっと盛り上がったとき、

 

 

自分でもびっくりしたことに

涙が止まりませんでした。

 

 

全力で自分を表現する人は

こんなにも美しいのだと知った。

 

常識も言い訳もすっとばして

ただただ感動をもたらすのだと。

 

ひとりの命が爛々と輝く瞬間。

 

 

たったひとりの存在が、

こんなにも大勢の人の心を揺さぶって

勇気を、居場所を与えていること。

 

人ひとりの可能性に圧倒されました。

 

 

心をがしがし揺らされて

だーーーっと涙で洗われて

 

すっきり頭のなかが整ってからは

ライブとともに思考した。

 

 

なにより一番に思ったことは

「命を諦めないで、ありがとう。」

命=自分の可能性でもありました。

 

 

しょこたんを好きになった理由のひとつ、

彼女が学生時代、いじめられていたこと。

 

自分という人間を

他人からことごとく否定されて

苦しみながらも生き抜いた。

 

生き抜いた先に、

自分を生かせる場所があった。

 

散々攻撃されて傷ついた自分、

それでも自分を放棄することなく

希望とともに貫きとおしたこと。

 

人として、なんてかっこいいんだ。

 

 

彼女の勇気は他の命をも勇気づける。

言わずもがな、それに触れた私までも。

 

 

・・・じゃあ私は?

 

 

私が生きていることで、

いったい誰が勇気づけられるだろう?

 

私の命は、誰の心を揺さぶるだろう?

 

生活の真ん中に立って、私は心から笑えてる?

 

 

このまま公務員目指して勉強して、

いずれはどこかの機関で働いて・・・

 

少し先に想いを馳せてみたけれど

 

周りに流されたと、周りのせいにする自分。

こんなはずじゃなかったと、後悔まみれの自分。

溜め込んだ鬱憤を自分にも他人にもぶつけている自分。

 

正当化するために何かに縋る。

それは貯金かもしれないし、

キャリアや子どもかもしれない。

 

自由に出来なかった自分の願望を

まっさらな子どもに託すふりをして

自我を奪いコントロールする親。

 

「とりあえず退職したらね」

遠い未来を夢見てストレス溜めて

そこへ至るまえに病魔に冒される。

 

 

お金と時間と社会的地位を

得るために引き受けた心労を

 

得られたお金と時間と社会的地位で

どうにか慰める自転車操業。

 

誰かどころか自分すら満たせない。。

 

 

一瞬でこれだけのイメージが

ぶわっと脳内に広がりました。

 

実はそれまでも見えていたこと。

だけど必死に、見ないふりしてきたこと。

 

 

「公務員を目指すのはやめよう。」

 

 

はっきりきっぱり、過去の自分と決別した瞬間。

 

だからどうするって案はなかったけど

「こっちじゃないよ」って確信はあった。

 

自分を殺して自分を生かす、

絶好の機会がいまだと思った。

 

 

そこからぱったり試験勉強をやめて

生まれた空き時間に本を読む、映画を観る、

芸術に触れる、講演を聴きに行く。

 

ひたすら他の生きかたの選択肢を探っていった。

その後のことは改めて書くとして・・・

 

4年前の今日を振り返って記事を書けることが

自分のなかでは功績のひとつ。

 

 

命を諦めないで、ありがとう。

 

 

 

 

 

(2016年5月5日執筆記事を再掲載)

 

 

 

▼そのときのDVDは、今でも宝物です。

 

 

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)