『日本では子どもを叩くんですか?』

 

それは、大学4年生のときに

デンマークへ短期研修したときのこと。

 

研修先の国民学校にて

校長先生とお話をする機会がありました。

 

国民学校

≒日本の小学校+中学校

≒日本の義務教育期間

 

 

 

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△視察に伺った、学校の図書室。

 

 

学校のシステムや生徒の様子、

先生の待遇などなど…伺うなかで

 

当時日本のニュースで騒がれていた

『体罰』による自殺問題をふと思い出して

こちらではどうなのか?聞いてみたのです。

 

そのときのやりとりが

当時の私には、とても印象的でした。

 

 

「この学校に体罰はありますか?」

 

「体罰とは、教育のために

 先生が生徒へ、身体的な罰を与えることです」

 

 

少し驚いて、

即座に返ってきた校長先生の言葉。

 

 

『Nej(デンマーク語のNO)、

 そんなことは絶対にありません』

 

『子どもに暴力をふるうことは、この国では

 親も教師も一様に法律で禁じられているのです』

 

『もしそのようなこと(体罰)があれば、

 教師はその場ですぐさま解雇になります。』

 

『もちろん教師が横暴にならぬよう、

 ストレスを蓄積させないための

 予防策はとっていますが・・・』

(策の内容、今回は割愛します。)

 

 

理論や実践どころか、法律をもって!

 

国をあげて子どもを守り育てる在りかたに

感動しながらお話を伺っていたところ、

同じ研修生だった日本人男性がつぶやきました。

 

 

「そんなことを言っても、

 叩かんと分からん子どももいるでしょうが。

 

 

彼は50代の社会福祉関係者。

 

おそらく私よりもはるかに「体罰」が

身近な時代を経験されてきたのでしょう、

 

校長先生がしてくださったお話は

あまりにも彼にとっては非現実的で

机上の空論、建前のように感じられたようです。

 

 

それを聞いた校長先生は、一言、

 

『日本では子どもを叩くんですか?』

 

信じられない、と言わんばかりに目を丸くして

逆に質問を返してこられました。

(日本の評価、あちらではかなり高いのです)

 

 

続いて紡がれた、デンマークでの教育理論。

 

 

『子どもをしつけていくうえで、

 暴力や恐怖は全く必要のないことです』

 

『この国の文化としても、それはありません。』

 

 

『暴力によって一時的な統制が得られたとしても、

 果たしてそれは真の教育と言えるのでしょうか?』

 

『強制的にその場を治めたところで、

 何ひとつ根本的な解決にはなりません。』

 

『教育とは本来、長い時間をかけて行うものです』

 

 

『子どもを育てるのに必要なのは、一瞬の暴力でなく

 時間と手間をかけた話し合いなのです。』

 

 

「国の法律で決まっているから」と

頭ごなしに暴力を否定するのではなく、

 

「それでは教育にならないから」

確固たる理論、信念をもったうえで

暴力に頼らない指導方法をとっている。

 

ここでの「暴力」は、

体罰、暴言、威圧、恐怖、強制、非難

・・・等のニュアンスを含みます。

 

 

北欧の国で長きにわたり培われてきた

教育理論、実践、現場での「常識」

未来の可能性を垣間見たやりとりでした。

 

 

「叩かないと分からない子どももいる」

 

日本の大人がもつ「常識」が

反映された一言に対する、

 

『叩いたところで子どもは分からない』

 

正面きっての専門家の断言。

 

 

それは単なる専門家に留まらず、

幸福度が世界一だと認定された

社会福祉先進国の基盤を作りあげている

義務教育の専門家であり。

 

 

子どもを叩いてしつける教育の根本には

そうさせる子どもの問題行動ではなく

そうしてしまう大人の認識不足がありました。

 

『叩いたところで子どもは分からない』

 

 

たとえ恐怖をもって制したところで

 

親や先生、権力の前ではいい顔をして

監視を抜けた途端に鬱憤を晴らす・・・

 

(大人の前でいい子に振る舞う子どもほど

 本当のところは危うかったりするのです。)

 

そんな人間に育て上げることは

果たして本当に教育といえるのか?

 

 

そうやって育て上げられた人間は

果たしていつ、どうやって、

ありのままの自分を愛せるようになるのか?

 

自分で自分を愛せないことには

他人を愛する感覚なんて分かるはずがない。

 

「愛する」の言葉に抵抗がある人は

「大切にする」に置き換えてみて下さい。

 

 

子どもを強く叱りつける場面において

第一に変えるべきは、変わるべきは、

 

子どもの態度そのものよりも

 

子どもに対する

大人の関わりかただったのです。

 

 

 

 

 

▼詳細な比較はこちらにて

www.um-nao.com

 

 

 

 

 

(2016年10月執筆記事を再掲載)

 

 

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)

 

 

海月なおこ